コペル語録

梨木香歩さんの「僕は、そして僕たちはどう生きるか」 を読みました。

図書館で直感的に手に取った。
「裏庭」「西の魔女が死んだ」を読んだことがあって、梨木さんは結構好きなので。
というのもありますが、タイトルが気になった。

今回の本は、これまでの不思議な世界観もありつつ、
もっとがっつり、「今」の世界の、はたまた自分の色んな問題にリンクしていて
うわわわわ!!!と思うところだらけでした。

主人公コペル君(14歳)の手記というか、語り口調で書かれているのですが
すごく大事と思ったところを、何箇所か引用します。

少し長いです。

ポイントは、「洗脳」

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「普通」という言葉はそもそも「一般的」という意味だ。だからこそ、日本人は「普通」という
言葉に弱い。普通イコールみんな、ってなっちゃう。「だって、普通、そうでしょう」、
みたいなことを繰り返し言われると、どうしてだか人は弱気になるのだ。
これは戦時中の雑誌読んでてもすぐに分かる。

 正直言って、僕は自分自身の問題として、今、このことを考えてもいる。「普通」という
言葉が持ち出される場面の、うさんくささについても。いざとなったら、「大勢の側」に
ついていたいという、本能的な自己防衛機能が働くんだ。一人である、異端である、
ってことはものすごい危険が伴う。勇気がいることなんだ。第二次世界大戦中、
迫害されていたユダヤ人たちを助けた少数のドイツ人たちのように。自分の身に
どういう危険が及ぶか分からない。だから人は、本能的に大勢の側につきたい、
普通でありたい、皆の仲間だと思われたい、と思うんだ。僕だってかつてそうだった。
痛恨の極み、ってこのことだ。(このことについては、これから書くつもりだけれど)。
そして、僕は二度とそういう悔いの残るような行動はすまいと思っているけれど、
唇をかむほど悔しいことに、それが将来にわたって絶対って、僕自身、軽々に
断言できない。

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「みんなこうする」とか、「普通そうだよな」とか言われ続けた結果、自分で判断する能力を
失ってしまって、自分自身の「魂を殺す」手伝いをしてしまった。

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 人は、人を「実験」してはいけないんだ。

そう確信したとき、僕は、自分がなぜ、「どっきりカメラ」系統の番組が嫌いだったのか、
その理由がはっきりと分かった。あの嫌悪感は「故なきもの」じゃなかった。そうだ。
自分は何が好きで何が嫌いか。他人がどういっているか、定評のある出版社が
何を出しているか、部数の多い新聞がどういっているか、じゃない、他ならぬ自分は
どう感じているのか。
 大勢が声を揃えて一つのことを言っているようなとき、少しでも違和感があったら、
自分は何に引っ掛かっているのか、意識のライトを当てて明らかにする。自分が、
足がかりにすべきはそこだ。自分基準(スタンダード)で「自分」をつくっていくんだ。
 他人の「普通」は、そこには関係ない。

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引用終わり。
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by ekla-cafe | 2011-07-06 23:28 | log


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