不在による、存在の証明。

野中柊の本をはじめて読んだ。
「このベッドのうえ」

いくつかある短編の中で、数回出てきた
不在、存在 ということば

今までにも、何度も読んだ(特に山田詠美の本が記憶に強い)けれど
「不在による存在の証明」ということについて考えるとき
はたして自分はどちら側に置かれているのか。
関係性はいくつもある。

自分が相手にとって不在なのか。
相手が自分にとって不在なのか。

どちらとも、なのか。
どちらも、ないのか。

片方だけ、なのか。

とにかく、だれかが居ないと思うことは、寂しい。
自分のことを、いないと思って寂しがっている人がいることは
悲しくもあり、嬉しくもある。

とてもとても単純なことだけど
居るはずの人が居ないという当然のことによってしか
不在による存在は証明できない。

風邪で寝込んで会社に行かない、それだけでも、存在の証明。
所属しているところがあるというのは、そういうこと。

逆に、所属していないということは
不在による存在の証明ができないということ。
それはつまり、孤独とのたたかい。
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by ekla-cafe | 2007-05-21 20:30 | log


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