うっすらとした望みのようなもの

1月末のある日の日記。

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おとなの小論文(ほぼ日)を結局ずっと読む。

私はしばらくのあいだ考えるのをやめている問題があるのだけれど
「考える」っていうことを諦めたらいけないような気がしてきた。

解決しなくても、一時期は考えることを放棄しても、
やっぱり最終的にほうっておけないものだと思うのであれば
その時その時で考えて、ああでもないこうでもないと思い巡らせて
もしかしたら、すごくすっきりする言葉や解決策が見つかるかもしれないし
見つからないかもしれないけど
多分何かしら前よりいいふうに考えられるようになるんじゃないかと思う。
でないと、嫌な感情のままの記憶が残ってしまいそうだ。

何年もかかるものがあったって、それでもいいのだと思う。
家族の問題だって、そうだったじゃないか
これが何とかなったんだから、他のたいていのことも、同じように
気を長く、粘り強く、やってったら何とかなるかもしれない。
という、なんとなくだけど悪くはない感じを「希望」というのか、と思ってみる。



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考えるのに詰まったら、木に会いに行く。そしたら大丈夫。
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by ekla-cafe | 2008-03-02 22:11 | log


Take it easy, love & peace!


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